早大アナウンス研究会
私が小・中学生の頃は、夜9時頃から始まる
若者向けのラジオ番組が大人気の時代でした。
局アナが自分の名前で番組を持ち、リスナーを熱狂させる。
今では考えにくいですが、局アナにはそんな力があった時代でした。
私にとっての憧れは、文化放送の吉田照美さんでした。
照美さんのラジオを聴き、アナウンサーになりたいと思いましたし、
どうやったらアナウンサーになれるかも、
照美さんの著書やインタヴュー記事を読むことで参考にしました。
参考にしたといっても、まだ中学生で浅はかな時期。
照美さんが「早稲田大学アナウンス研究会」出身ということを知り、
とりあえずそこに入ることを目指したのです。
夢叶い早稲田大学に入学することが出来ました。
「早稲田大学」でなく「早稲田のアナ研」に入るのが自分の目標でしたので、
入学式のあとはすぐに「アナ研」を探しに学内を歩きました。
アナ研では、全く想像もしていなかった活動が待っていました。
基礎練習と呼ばれる発声・発音練習に加え、
ゼミと呼ばれる実戦練習「ニュース」「DJ」「実況」「セリフ」「リポーター」などなど。
2,3年生の先輩が指導するのですが、
中身的には下手なアナウンススクールより相当高度なことをやっていました。
私が始め主にやっていたのは、アナウンサーを目指した動機どおり、DJやフリートーク。
しかし1年生の夏前、2つ上の先輩(現在MBSアナウンサーの上泉雄一さん)の
プロさながらの六大学野球の実況を耳にし、実況の分野に目覚めました。
またアナ研の活動である六大学野球の実況以外にも、
関東大学リーグへ足を運び、サッカー実況の練習にも個人的に出かけました。
当時はJリーグが創設される前。
サッカーの放送もほとんどない時代でしたが、
私が大学4年の時にJリーグが開幕することはわかっていたので、
サッカー実況の需要は必ず出てくると考え、それを見越しての取り組みでした。
まさにその時の活動や実況のしゃべりこみが今の仕事に大きく結びついています。
また、スポーツ実況を練習する放送サークルは少ないので、
もし私が早稲田のアナ研に入っていなかったら、
そのままラジオパーソナリティーを目指していたことでしょう。
パーソナリティーを目指して入ったアナ研で、
逆にアナウンサーの仕事と全く思っていなかったスポーツ実況に目覚める。
色んな意味で早稲田のアナ研が僕の人生を変えてくれました。