局アナ試験前にやっておきたいこと~佐藤亜樹

 


佐藤亜樹 photo佐藤亜樹(さとう・あき) 元仙台放送・元テレビ神奈川アナウンサー。

2000年仙台放送入社。情報番組MCなどを担当したのち、より多くのスポーツ現場を求めて2004年、テレビ神奈川へ転職。「ベイスターズくらぶ」などスポーツ番のMC・リポーターをはじめ、高校野球、プロ野球、Jリーグ、高校サッカーなど、スポーツ実況アナウンサーとして活躍。現在はフリーアナウンサーとして活動中。


体育会活動に没頭した4年間

「アナウンサーになって、スポーツの感動を自分の言葉で伝えたい」。そう決めて就職活動を始めたのが大学3年生の夏ごろだったと記憶しています。ただ、深く悩んで決めたものではなく、「就職の時期だ!どうやら前に進まないといけないらしい…」というフワッとした雰囲気のなかで定めた目標でした。

20160324大学生活の4年間は体育会運動部で活動し、毎朝4時半起きの生活。アイスホッケー部のマネージャー兼トレーナーをしていたので、夏も冬も、冷え切ったアイスリンクでテーピングを施したりタオルや水を取り替えたり、ベンチ裏で部員を支える毎日でした。試合中にクラッシュして口中が血だらけになった選手を車で病院に運んだことや、30数年ぶりのリーグ優勝の瞬間、ベンチ裏でうれし涙を流したのも良い思い出です。

アナウンサー志望への目覚め

大学生活のスタート同時にスポーツ現場の面白さ・醍醐味に目覚めた私にやってきた就活の季節、そんな私はある人物の影響で「アナウンサーになりたい」と進路を決めました。それは、4つ年上の兄です。当時、テレビ局のスポーツディレクターとしてすでにスタートを切っており、その後五輪中継などを中心にスポーツ番組をプロデュース。多忙ながらも刺激に富んだ日々を送る姿を見ているうちに、自分自身の言葉でスポーツ現場の熱を伝えるアナウンサーという仕事に興味を持ち、目標を定めたのです。

といっても、前述の通り“就活出遅れ組”の一女子大生。運動部漬けの4年間でしたので、アナウンススクールに通う時間もお金もなく、履歴書写真は駅前のカメラ屋さんで撮ってもらったものを使い、化粧品は母の私物を流用。衣装くらいはと、知り合いのお姉さんからピンクのスーツを借りて臨みました。必需品と聞いた『マスコミ就職読本』をとりあえず購入し、筆記試験対策として『新聞ダイジェスト』内の時事問題を解きまくることが、まずはスタートでした。

採用面接で大切なこと

いざ面接が始まるとまったく手ごたえがありません。実際の試験が始まって数ヶ月、不採用が続き気分もどん底に…、とはなぜかなりませんでした(笑)。むしろ面接にいくと、楽しい。実はこの「楽しい」と思える気持ち、とても大切だと思うのです。始まってわずか数分の間に会話がぽんぽんと弾んで、試験会場ということさえも忘れ、一個人同士で世間話や互いの話をする。いまの言葉で言えばいわゆる“雑談力”といわれるものかもしれません。

スクールに通わず情報が少ないところを少しでも補おうと、思い出せば練習や試験の合間にOB・OG訪問などを利用し、よく話を聞きに行ったものでした。なんとか会話を弾ませよう、つなげようと必死だったと思います。(OB・OGの方々には失礼な質問などもあったかと思いますが…) 普段自分が接することがない世界の人や、初対面の方と積極的に会う機会を設け、「コミュニケーションを意識して」その時間を過ごすことも大切な準備なような気がします。

夢に向かって

佐藤photo最終的に、就職活動2年目(図太く粘った結果、2周していました)の春、仙台放送というテレビ局から内定を頂きました。「佐藤は原石だった」と試験時の自分の評価について上司から聞かされたのは、入社3年後くらいのこと。冗談半分の言葉だったようですが、当時の私はあか抜けない女子大生。面接やカメラテストではきれいな言葉で自分を表現しているわけではないけれども、雰囲気全体が明るく楽しい、その先を見てみたい。そんなことを言われたのです。うれしかったですね。

自分のことを深く知り周りに伝える力、人の話を聞ける柔軟性、そして行動力。様々な筋肉を鍛えて、就職試験という“試合”に臨んでほしいと思います。